積水ハウス地面師詐欺事件とは
意味不明・理解不能な事件
もうずいぶん前の話になりますが、五反田にある約600坪の土地取引を巡って、有名企業を巻き込んだ一大事件が世を騒がせました。積水ハウス地面師詐欺事件です。
積水ハウス地面師詐欺事件(Wikipedia)
率直に言うと、事実関係や人間関係が複雑すぎる上に、常識で考えれば起こりえないことが起こりまくる、意味不明・理解不能な事件です。この記事を書くにあたって、多数の資料や報道記事などを読み、1年以上の期間をかけて情報を整理・精査したのですが、いまだによく分からない部分が多々あります。
(ちなみに事件発生当初からずっとウォッチしていたので、もう6、7年は情報集めをしていることになります)
事の顛末については、2020年12月に積水ハウスが公表した調査報告書が一番簡潔にまとめられていると思います(それでも難解ですが……)。事件について詳しく知りたいという方は、まずはそちらをご覧いただくのがいいと思います。以下にリンクを貼っておきます。
分譲マンション用地の取引事故に関する総括検証報告書の受領及び公表について(積水ハウスが公表、PDFファイル)
また、事件の解説については、セイワ不動産鑑定株式会社による、以下の資料(PDF)が非常に分かりやすく、大変参考になります(資料の表紙に「事務局内」って書いてありますが、普通に検索したら出てきたので、紹介してもいいですよね……?)。
セイワ不動産鑑定株式会社勉強会資料
2024/8/3追記: こんな面白い事件がなぜドラマにならないのか、いつドラマになるのかとずっと思っていましたが、やっとなりました。
NETFLIX 『地面師たち』
私はまだ観ていないのですが、実際に観た友人に話を聞いたところ「ずっと意味不明な事件だったけど、ドラマを観たらよく分かった」と、非常に高評価でした。ストーリーや配役についても軽く教えてもらったのですが、かなり忠実に事件を再現しているみたいです。
文量が多くて難解な調査報告書を読んだり、断片的・散発的な報道記事を読むよりも、ドラマを観たほうが事件についてスムーズに理解できるような気がします。主演は綾野剛さんと豊川悦司さん、悪い地面師役がハマりそう。きっと名作なはずです。私も早く観たい。
ちなみに原作小説は2022年にリリースされてたみたいです。もっと早く知っていれば……不覚でした。
新庄耕『地面師たち』
(追記終わり)
積水ハウス地面師詐欺事件の概略
事件の概略について簡単に紹介します。2017年4月から6月頃にかけて、五反田駅から徒歩3分という好立地にあった古い旅館「海喜館(うみきかん)」の土地の売買を巡って、積水ハウスが地面師グループに55億円を騙し取られたという事件です。ちなみに「地面師」とは、土地取引を使って詐欺を働く人達のことを言います。本事件の場合、地面師グループが土地の本来の地権者になりすまして積水ハウスと売買契約を結び、売買代金をかすめたという構図です。
積水ハウスといえば、「シャーメゾン」「シャーウッド」といった住宅ブランドを展開する、戸建住宅の超大手企業です。誰でも一回くらいはテレビCMを観たことがあるでしょう。個人的には阿部寛さんが出演していたCMが印象深いです。そんな一流企業が、どうしてこんなしょうもない事件に……と思うかもしれません。私も最初はそう思いました。
しかしながら、本事件における地面師グループの手口は実に巧妙でした。例えば、以下のような偽造書類が用いられました。
- パスポート
- 偽造。外見だけでなく、紫外線調査もパスしてしまうシロモノ。登記のプロである司法書士でも偽造だと気づかないほど緻密に作られており、おまけにこの偽造パスポートを使って役所で印鑑登録できてしまったほどの出来栄え。
- 健康保険証
- 偽造。法務局の実態調査が行われるまで偽造が判明しなかった。
- 不動産の登記済権利証
- 偽造。原本が交付されることはなかったが、目視では登記のプロである司法書士でも少し違和感を覚える程度の出来栄え。
また、地面師グループは総勢10名、その中でも役割分担がなされていました。報告書を要約して紹介しますが、かなり力が入っています。
- Z1
- 客付け役(本件土地の購入者を探す役)。また、積水ハウスとの交渉においてはZ2のフォローも行い、取引を主導した。
- Z2
- 役者(地権者役)。細かなミスはあったものの、最後まで土地所有者を演じてのけた。
- Z3
- 前さばき役(Z2をリードして契約を進める役)。また、Z2に本物の地権者の情報を教示した。
- Z4
- 本件詐欺のスキームを書いた指示役。
- Z5
- 指示役の一人。本物の地権者のプロフィールをZ3に教示、地権者役であるZ2の教育を指示した。Z4とZ3の連絡役を担った。
- Z6
- 指示役の一人。Z8にZ1を紹介した。また、詐欺用口座の準備も行った。
- Z7
- 指示役の一人。Z8に、地権者役となる人材をリクルートするよう指示。またZ8やZ9に指示して、偽造旅券や偽造印鑑の作成・管理を行わせた。
- Z8
- Z9に、地権者役となる人材(70代の女性、本件Z2)をリクルートするよう依頼。また偽造書類の作成・管理や、Z2を指定の場所に連れて行く役割を担った。
- Z9
- 地権者となるZ2をリクルート。また、Z2が本来の地権者になりすまして役所で書類を取得する際に、監視やアドバイスを行った。
- Z10
- 地権者役となるZ2をリクルート。以後はZ2と他のグループメンバーとの連絡役を担う。
……よく分かりませんね。ともかくこれだけの人物が詐欺に関わっていたということです。ちなみにこの詐欺グループは以前から組織として存在したわけではなく、本事件に際して自然発生的に組成されたものだとか。世の中には悪人がたくさんいるんだなあ……。
積水ハウスは、2017年6月上旬に新宿警察署に被害届を提出するも受理されず、9月15日になってようやく偽造公文書行使・偽造私文書行使・詐欺について刑事告訴が受理されました。これ以降は、刑事事件として粛々と捜査が進められていくことになります。
2021年頃には、地面師グループのみなさん大体判決が出たようで、最終的には全員有罪になりました。例えば指示役の一人は懲役11年が確定したとか。詐欺罪の懲役刑は最長10年ですが、それに付加刑も科されたようです。金額がデカい上に計画性が高く、かなり悪質な詐欺事件だと評価されたのでしょう。刑も重いですね。
しかし、コンプライアンスの重要性が叫ばれる昨今、これだけ気合いの入った地面師詐欺はおそらくもう起こりえないのであろうと思うと、なんだかしみじみします。
積水ハウス側の過失
さて一方で、騙された積水ハウス側には問題が無かったのかといえば、そんなことは全然ありません。たとえば以下のような過失があります。
- 山師のような仲介業者の口車に乗せられてしまったこと
- 確認書類が巧妙に偽造されていたとはいえ、踏み込んだ本人確認を行わなかったこと
- 本来の地権者を名乗る人から抗議の書面が届いていたにもかかわらず、調査をせず取引を継続したこと
- 本件について複数のブローカー(悪い人達です)から接触があったにもかかわらず調査をしなかったこと
- 取引の途中で仲介業者に関する不芳情報(良くない噂)が入ったにもかかわらず、表面的な調査しか行わなかったこと
- 地面師グループの不自然な所作を見落とした・見逃したこと
- 物件の権利証原本を確認していないのに本登記の手続をしようとしたこと
- 決済日には現地で待機していた社員が警察から任意同行を求められていたにもかかわらず、決済を強行したこと
このように、おかしな点が多々あったにもかかわらず、積水ハウスは決済を急いでしまいました。積水ハウスは戸建住宅事業では国内最大手ですが、一方でマンション開発事業では他社から大きく水をあけられていました。その焦りから、本件売買を成立させて都心一等地を引き取り、一発ドカンと当てたかったのでしょうか。
結局、所有権移転登記は却下され、積水ハウスは売買代金だけかすめ取られて、土地を手に入れることはできませんでした。ちなみにその後の「海喜館」は、真っ当なルートで旭化成レジデンスに売却されて、現在は「アトラスタワー五反田」というタワマンが建っています。
東京新聞Web 地面師事件、五反田「55億円の土地」に30階建てタワマン建設が決定 旭化成グループ、4月着工
積水ハウス側には、間違いなく「過失」があります。それも重大な「過失」です。しかし、上に挙げた過失を一つ一つ見てみると、いやーどれも詐欺グループにまんまとハメられている。見事にしてやられたよねという気はしますが、積水ハウスの「故意」とまでは言えないと思います。不動産業者にとって、地面師にハメられるのはお恥ずかしいことではないのですかという思いはありますが、刑事事件として有罪判決が出ている以上、本件における積水ハウスは「被害者」でしょう。
積水ハウス経営陣の暗闘
お家騒動
さて、この事件は、積水ハウスが55億円パクられただけでは済みませんでした。この地面師詐欺事件は、積水ハウスの経営陣に影響し、内紛の火種となり、お家騒動が発生しました。内紛のタイムラインは長くなったので別の記事にまとめました。順番に読んでいただくともっと楽しめると思います。
2018年1月24日の積水ハウス取締役会において、事件の責任を問う形で、W会長がA社長の解任動議を提出しました。この解任動議は否決されましたが、今度は逆にA社長がW会長の解任動議を提出。こちらが可決されたことで、W会長は辞任に追い込まれました。形式上は辞任らしいですが、実質は解任と言っていいでしょう。
2018年・2019年は株主訴訟の嵐が吹き荒れました。個人株主であるY氏は、積水ハウスに対して、経営陣の責任を追求するための訴えを提起するよう繰り返し請求。しかし積水ハウス側はY氏の請求を拒否したため、Y氏は株主代表訴訟を提起します。被告となったのは、事件当時代表取締役だったA氏、取締役だったN氏・I氏・U氏の4名です。あれ?当時代表取締役だったW氏は?W氏を被告に含めなかったのは、W氏はすでに討ち死(辞任)しており、死体にはムチを打たないという、日本的な惻隠の情からでしょうか?奥ゆかしいですね。
SAVE SEKISUI HOUSE!
2019年11月、「SAVE SEKISUI HOUSE」(以下「SSH」)というWebサイトが立ち上がり、11名の取締役の選任を求める株主提案を行う、と発表しました。
https://ja.savesekisuihouse.com/
主な提案株主は、当時積水ハウス取締役だったK氏と、2018年に会長職を追われたW氏。ちなみにK氏はW氏派と目されていました。役員候補者は、積水ハウスで要職に就いている(いた)K氏・W氏他に加え、アメリカの投資銀行役員や大手メーカー・大手金融機関の出身者、弁護士など、そうそうたる顔触れです。
SSHは、第一には積水ハウスのコーポレート・ガバナンスを主要な問題として取り上げていました。本件詐欺はたしかに異常な事件です。とても上場企業で起こることとは、ましてや積水ハウスのような超一流企業で起こることとは思えません。事件後には、マスコミによって積水ハウス内部に手引き役がいたのではないか、反社との関係を疑わせるような報道がなされたこともありました。また、積水ハウスも情報公開に消極的であったこと、その後のクーデターも始末が悪かったので、当社のコーポレート・ガバナンスが疑義を持たれるのは至極当然のことだったと思います。
しかし、SSH側のやり方は拙劣なものでした。
SAVE SEKISUI HOUSEの主張とその問題点
SSHの主張まとめ
SSHの主張は多岐にわたりますが、質問状(PDF)の内容を簡単にまとめると、だいたい以下のようなものです。
- 2018年調査報告書の全文を積水ハウスのWebサイト上で開示しろ
- 2018年1月24日取締役会の議事録を開示しろ
- 開示しないならその理由を述べろ
- W氏が辞任に至った経緯を説明しろ
- 本事件の戦犯であるA氏、I氏、N氏、U氏の経営責任を追求しろ
- 本事件は詐欺ではなく積水ハウスによる不正取引である
- 積水ハウスはコンプライアンスやコーポレートガバナンスを守る気が無い
- 積水ハウスはA氏とI氏によって支配されている
では、SSHの主張は果たして妥当なものなのか。順番に見ていきましょう。
SSHが前提・根拠としている事実
まず、SSHが何を根拠としてこういった主張を繰り広げたのかについて押さえておく必要があります。SSHの主張は、ほぼすべて2018年調査報告書の内容に依拠しています。では2018年調査報告書とはどのような内容のものだったのか。以下で簡単に解説します。
調査委員会は、2017年7月20日の取締役会後に、議長の要請で仮発足しました。取締役会の「議長」とは具体的に誰だったのか明記されていませんが、一般的には代表取締役が務めることが多いとされています。あくまで憶測ではありますが、「議長」はW会長(当時)だったのではないかと思います。その後、9月7日の取締役会において承認され、調査委員会は正式に発足します。2018年調査報告書については、2020年調査報告書の添付文書(PDFファイルの109ページ以降)として閲覧することができます。
注目すべきなのは、調査委が7月20日の取締役会後に仮発足しているという点です。W氏は、他の取締役に諮ることなく、独断でスタートを切ったのでしょう。2018年報告書を一読すれば、「誰が」「何のために」この報告書を作成したのかが非常によく分かります。
事件直後、まだ何もかもハッキリしない状況の中で作られたわりには、「筋書き」がやたらとしっかりしています。当時判明していた事実は「積水ハウスが五反田の土地取引で55億円を騙取されたようだ」ということだけでした。天下の積水ハウスが地面師に55億円も抜かれたというのは、それだけでも異様な事件ですから、単に判明している事実を並べるだけでも十分面白いものです。しかし事実は素材でしかありません。さて調査委員会はこれをどう整理して、どういう「真実」を見せてくれるのか。
2018調査報告書は、不祥事案の報告書としては、率直に言って落第点だと思います。出来事が時系列順に書いてあるだけで、深い検討はなされておらず、どの役職員に、いつの時点で、どういう過失があったのかなども判然としません。要するに何が問題だったのかが解明されていないのです。しかし、この「何が問題だったのかが解明されていない」点こそ、2018報告書の本当に味わい深い部分です。
2018調査報告書では、「尋常ではない」「常識的には考えられない」「全く理解に苦しむ」「このような会社は、絶対に、当社の取引先ではあってはならない。」といった、彩度の高い表現が多用されています。これは、未だよく分からない、パッとしない、灰色の事件を、鮮やかな黒に塗りつぶしていくテクニックです。もし事実関係がもっとハッキリした事案だったら、こういうことは出来ないでしょう。「よく分からない」という素材の持ち味を、上手く活かしています。
また、調査委員会が指摘しているのは「登記書類の不備」「本人確認や信用調査の不足」といった個々の行為における落ち度ばかりです。本事案を全体的に見た時に、誰に、どんな過失があったのかは判然としません。しかし、個々の落ち度と、取引に関与した個々の役職員の名を絶妙にミックスしながら列挙して読者の想像力を煽ることで、「コイツらが悪いんだ」という総体的な印象を巧みに演出しています。これも素材となる事実が「よく分からない」ことを上手く活かしたテクニックです。
「取引相手のペーパーカンパニーの取締役の夫は■■元代議士である」のように、細かいフレーバーが効いているのも高得点ですね。■■元代議士に何らかの不芳情報があったのかどうかはよく分かりませんが、「元代議士なんてどうせ悪人だろう」というイメージを惹起させ、さらに調査委員会のハイコンテクストな(≒よく意味が分からない)指摘が読者の想像力を掻き立ててくれます。
さて、2018報告書では、最終的に「(当時の社長であったA氏ら経営陣には)経営上、重い責任がある」と結論付けています。こんだけ盛り上げておいて、こんなありきたりなオチかよ!というガッカリ感はあります。しかし、調査委員会のテクに魅了された読者なら、この結論に疑念を挟む余地は無いでしょう。社長が決裁した取引が大事故になったのだから、最終的には社長が悪いに決まっています。2018報告書を読んでもよく分かりませんが、調査委員会がそう言ってるのだからそうに決まってます。
この2018報告書は、一体何のために作られたのか。単なる事実関係の調査、原因分析や改善策の立案のような些細なことは、まるで調査委員会の、そして調査委員会を始動させたW氏の眼中にはありません。そんなことよりもA氏達をけん責・弾劾・追放したかった、そのために作られた一振りの刃、銀の弾丸だったのではないでしょうか。まあW氏にとって虎の子の報告書が上程されたその日に、W氏自身が解任されてしまうのは、会社という組織の面白いところですね。大企業の経営者の頭上には、常にダモクレスの剣がぶら下がっているのでしょう。
2018年調査報告書の全文を積水ハウスのWebサイト上で開示しろ
SSHは積水ハウスへの質問状の中で「2018年調査報告書を速やかに公開しなかったのは何故か?」と尋ね、また開示しない積水ハウスに対して「不都合な情報を隠蔽している」と責め立てます。これへの答えは簡単で、2018年の頭から2020年の暮れ頃までは、この一大詐欺事件、まさに刑事事件として捜査・裁判が進行中だったからです。まず刑事事件として捜査が進行しているのですから、事件に関する情報をみだりに公表してしまうと、捜査に影響をあたえるおそれがあります。また、当時は訴訟の真っ最中でしたが、判決が出ていたわけではありません。「推定無罪」という言葉がありますが、有罪判決が確定するまでは罪を犯した人と扱ってはならないのです。
その観点から、2018年報告書のマズいところは、確たる証拠が無いにもかかわらず、関係者をグレー、あるいはクロとして扱ってしまっているところです。2018年報告書の第3章(9~10ページ)は特に酷く、
当委員会の議論の中では、■■(積水ハウス社員)と■■(事件に関わったブローカー、後に逮捕される)の間には、何か個人的で不適切な関係が存在したのではないかという疑義さえでた。
(2018年報告書より引用、カッコ内は筆者注)
と書かれています。
直後に
勿論、そのような証拠が何ら得られたわけではないが、■■への過度の信頼や偽■■■(地面師グループ・地権者役の女性)と同人の関係性への関心の薄さなど、その経緯を振り返るとき、当然そのような疑いが生じる。
(2018年報告書より引用、カッコ内は筆者注)
と、ちょっとばかしのエクスキューズはなされていますが、単なる疑いの段階なのに、まるで社員の不正を断じるような、犯罪者扱いするような書きぶりとなっています。状況的にこういう疑義が出てくることは仕方ないことですし、当時のマスコミ報道でも「積水ハウス社内に協力者がいた」「社員が反社とつながっている」といったような報道がされることもありました。しかし、それを自社で文書にしてしまうこと、さらに公開しようとするのはダメでしょう。名誉毀損で訴えられますよ。
また、2018年報告書の中では、積水ハウスと詐欺グループの仲介役であり、土地取引の中間業者として事件に深く関わったとされる■■氏・■■■■■社の名前が、■■氏がまるで詐欺グループの一員で、詐欺の犯人であるかのような形でバンバン出てきます。この時点で積水ハウス側は事件の全容を掴んでいないにもかかわらず、まるで■■氏が詐欺の主犯であると断定するかような書きぶりです。名誉毀損で訴えられますよ(まあ■■氏は2018年10月に本件で逮捕されるのですが……)。
他にも、
■■(上述のブローカー)の交際関係者の中に■■■■元代議士などが含まれていること。
(2018年報告書より引用)
とか、
なお、■■■■■(株)の(中略)取締役■■■■の夫は、元■■■■代議士である、
(2018年報告書より引用)
とか、まあ「元代議士」という肩書きが胡散臭いのには同意しますが、だからといって憶測で悪人扱いして報告書に書いていいわけではないでしょう。SSHは「代議士の名前を黒塗りするな」と主張していますが、単なる憶測で余計に飛び火させると名誉毀損で訴えられますよ。
積水ハウス法務部から、2018年報告書の公表について助言を求められた弁護士の意見、
さらに、法務部において、本件担当弁護士に2018年報告書の開示に関して助言を求めたところ、本件担当弁護士からは、「会社が本報告書【注:2018年報告書を指す。】を開示すべきことは、厳に控えるべきものと考えます。仮に開示するとした場合は、ごく簡略化した要旨版を作成し、要旨のみを開示することにすべきです。」との意見が述べられた。
この意見の理由としては、2018年報告書があくまで社内向けに作成され、公表を前提に作成されたものでないことに加え、「一般に広く開示する書面は、あらゆる角度から検討して、誤解を招くような表現や、第三者から指弾を受けるような記載を極力排除して作成」すべきであるところ、「第三者を大きくミスリードするような記載や、問題を含む記載が散見」され、捜査公判に与える影響が甚大であることなどがあげられている 。
(2020年報告書より引用)
この見解が正しいと思います。
「起訴された犯人グループ全員に対する第一審有罪判決(10 名中 6 名が確定)が本年 6 月までに言い渡されたこと(2020年12月7日リリース文)」で事実関係が確定し、積水ハウスは2018報告書をやっと一般に開示することができました。確かに対応が遅く、隠蔽の意図があるようにも見えました。しかし、事の成り行きを振り返れば、2018報告書の開示を控えたことは正解だったと言えるでしょう。
2018年1月24日取締役会の議事録を開示しろ
2018年1月24日の取締役会といえば、2018年調査報告書が取締役会に上程された回、そしてA氏を解任しようとしたW氏が返り討ちに遭い、代取を辞任(実質解任)するハメになった回です。この取締役会の中身については、各種メディアで様々な推測が繰り広げられていました。あえて記事へのリンクは貼りませんが、興味のある方はそちらをご覧ください(「積水ハウス クーデター」とかでGoogle検索すると、ゴロゴロ出てきます)。SSHが何のために取締役会議事録の公開を求めているのか、理由はいくつか思いつきますが、すべて憶測になってしまうのでコメントは控えます。
そもそもですが、積水ハウスのような監査役会設置会社の場合、議事録の閲覧には裁判所の許可を要します(会社法371条2項)。逆に言えば、閲覧したいのなら裁判所の許可を得ればいいだけの話です。閲覧のための手続は保障されているのですから、いちいち会社に「開示せよ、開示せよ、開示せよ」などと言い募ることではありません。
ちなみに会社法371条6項では「閲覧又は謄写をすることにより、当該取締役会設置会社又はその親会社若しくは子会社に著しい損害を及ぼすおそれがあると認めるときは、第三項において読み替えて適用する第二項の許可又は第四項の許可をすることができない。」と定められています。もしも裁判所でダメと言われたということなら、SSHは会社に損害を及ぼす存在だと判断されたということではないでしょうか。
開示しないならその理由を述べろ
報告書については、内容に大きな問題があり、開示することが会社にとって大きなリスクとなることは既に述べました。
取締役会の議事録については、会社側には積極的に開示する義務は無く、閲覧したければしかるべき手続をとればいいということになります。
W氏が辞任に至った経緯を説明しろ
こんなことは提案株主に名を連ねるW氏がよくご存知のはずですし、あちこちのメディアでベラベラ喋っておりましたが……SSHの「質問書」は、全体的に延々と「なんでぇ?なんでぇ?」を繰り返すシーライオニング、あるいは自分達の都合の良い箇所だけ取り出して自分達の都合の良いように解釈するチェリーピッキングばかりです。
ご自分の中で答えが出ていることをいちいち他人に尋ねるのは、質問とは言いません。
本事件の戦犯であるA氏、I氏、N氏、U氏の経営責任を追求しろ
SSHは質問書において、
「調査報告書(2018)において地面師詐欺事件等に「経営上、 重い責任がある」とされたA会長の責任追求をしないのはなぜですか?」
「調査報告書(2018)において同様に責任があることが明記されているI副会長、N社長、U副社長の責任追及をしないのはなぜですか? 」
と積水ハウスを質しています。地面師詐欺事件について、A氏をはじめとして取引を推進した役職員になんらかの責任があったことは言うまでもありません。法的責任まで問われるかはともかく、注意力の不足という意味では過去に書いたOKWaveの事案に似ており、とんでもないオタンチンです。ですから、株主であるSSHが経営陣の刷新を求めることはおかしなことではありません。
でもちょっと待ってください、この「調査報告書(2018)」って、ほとんどW氏がお手盛りで作ったやつですよね?ご自分で作った書面を根拠に他人を責めるというのは、世間では「マッチポンプ」と呼ばれるやり方ではないでしょうか。
2018年報告書では、A氏・I氏・N氏・U氏といった当時の経営陣だけでなく、取引に関与した東京マンション事業部、不動産部、法務部の職員に至るまで、各関係者の責任が縷縷述べられています。しかしです。当時の最高経営責任者(CEO)はW氏なのです。しかも当時のW氏は代表取締役なのです。他の経営陣には多大な責任を認めるというのに、最高経営責任者であるW氏には責任は無いと言うのでしょうか?
2018年報告書・第4章5では、
代表取締役会長(注・W氏)も、このような事態が発生したことに責任がある。
(2018年報告書より引用)
と、当時代表取締役であったW氏の責任にも一応言及されています。しかし直後に、
人事及び制度の責任者として、速やかにリーダーシップを持って、再発を防止するために、人事及び制度の運用について、不完全な部分を是正する責務がある。
(2018年報告書より引用)
んん……?なんかおかしくない?さらに最後の第5章では、
今回の事件で明らかになった病巣を取り除けるよう、人事及び制度の改善を行うことが重要である。最高経営責任者(注・当時のCEOはW氏)のリーダーシップのもとに、プロジェクトチームを設置し、対応することを提言する。
当社は事業の成長性に収益性もあり、営業の突破力もあるが、本件は、制度の隙間を突いて発生しており、病巣が隠れて育っている可能性がある。従って、改善すべき点は、多岐にわたっており、ここの改善点の指摘では不十分であり、トップのリーダーシップでプロジェクトチームを設置し、根本的に人事及び制度を見直す必要がある。
調査委員の一致した意見である。
(2018年報告書より引用)
いやー……いやー……あまりにもお手盛り過ぎて、これでいけると思ったのでしょうか?当時は会長であるW氏は海外事業を、A氏は国内事業を担当するという棲み分けがあったらしいので、国内で起きた地面師詐欺事件について、W氏の責任は大きくはなかったのかもしれません。とはいえ、こんなお手盛り報告書で他の経営陣を切り捨てようとするのは、ちょっと信義に反するというか、男のやることじゃないなと思ってしまいます。
また、SSHが提案した取締役候補者の中にはW氏が含まれていましたが、当時CEOであったご自分の経営責任を一切免責して取締役に返り咲きというのは、率直に言って道義的にどうなのよとも感じます。
W氏は、平取だった期間も含めると、20年以上の長きにわたって積水ハウスの経営を担ってきた人物です。現在の積水ハウスのガバナンス不全、積水ハウスに「病巣」が育ってしまったことの原因を問うならば、今まで同社を率いてきたW氏の経営方法もそのひとつ、それも重要な要因として挙げられるでしょう。であるのにW氏が取締役として積水ハウスに舞い戻り、同社のガバナンスを正すと言われても、いやいやそうはならんでしょと思ったのは私だけでしょうか。
本事件は詐欺ではなく積水ハウスによる不正取引である
本事件はA氏らが関与したマネーロンダリングであり、不正取引であり、金融犯罪である可能性がある、というのがSSHの主張です。
積水ハウスの主要経営陣に対する株主代表訴訟の概要(SAVE SEKISUI HOUSE)
FATF(金融活動作業部会、マネロン対策を行う国際的枠組み)の当時の事務局長だったDavid Lewis氏にメールまで送る気合いの入れっぷり。
しかしながら刑事裁判の結果では、地面師グループには有罪判決が出たものの、積水ハウスの役職員が共謀した事実は認められませんでした。
「預金小切手を使ったからマネロン」とか「騙し取られた資金を回収するために訴訟をしなかったのは何か理由があるからだ」とか、勘ぐりたくなる要素はたくさんあります。取引経緯が信じられないほどおマヌケなので、「悪意を持ってやったんだろ」と思ってしまうのも無理はありません。しかし、憶測で物を言うのは、いやしくも積水ハウスの代表取締役を務めたような一流のビジネスマンのやることではありません。やめましょう。
積水ハウスはコンプライアンスやコーポレートガバナンスを守る気が無い
コーポレートガバナンスについては判断しかねますが、本取引における積水ハウスのコンプライアンスについては、SSHが指摘するとおりかなり杜撰だったと思います。こればっかりはSSHのおっしゃるとおり、流石にぐうの音も出ないでしょ。
本件地面師グループの手口はかなり巧妙で、不正登記防止制度による法務局の実態調査が無ければ、本件詐欺による所有権移転登記がなされていた可能性も指摘されています(2020報告書49ページ注釈56)。たしかに巧妙な手口ではありました。しかし、決済に至るまでに怪しい点は多々あったのに、それらをすべて無視した結果として55億円を騙し取られてしまったのですから、故意ではないにせよ、過失はかなり重大だと思います。
積水ハウスはA氏とI氏によって支配されている
SSHが告発を始めた当時は、A氏もI氏も代表取締役でしたから、「積水ハウスはA氏とI氏によって支配されている」という指摘は正しいでしょう。なんせ代表取締役ですからね。当たり前のことです。
いやいやそうじゃない、SSHは「A氏とI氏が積水ハウスを牛耳っている」と言いたいのだ、それくらい私にも分かります。しかしながら、あるサイトの記事の中にあったW氏の発言を見ると、W氏を擁するSSHにそういうことを言う資格はあったのかなと、私は強い違和感を覚えます。
「阿部が社長になってもう10年。そろそろ代え時だと思っていたところに、事件が起きた。こういう事件は会社のガバナンスが緩んでいたから起こるものです。だから、これからは社外役員を増やして、若い役員を引き上げていくべきだと思ってね。
社外役員の人たちも同じ意見だった。だから僕が、代わってもらうよ、と本人に伝えたら、まだやりたいです、という風に言ってきたのかな。
結局、1月24日の人事・報酬諮問委員会では社長退任について、5対0で賛成となった。それなのに、同日の取締役会でひっくり返った」
(現代ビジネスより引用 https://gendai.media/articles/-/54933?page=4)
要するに、当時会長だったW氏は、社長だったA氏の首をすげ替えようとしていたわけですね。しかもA氏のあずかり知らぬところでね。これは支配と言わないのでしょうか。仮にSSHの主張が100%正しく、A氏とI氏が会社を牛耳っていたとしても、それはW氏もやっていたこと、どっちもどっちだと思います。
SAVE SEKISUI HOUSEの敗因
SSHはWebサイトを立ち上げて積水ハウスの「病巣」を告発し、株主達に対して自分達の株主提案に賛同するよう呼びかけました。まるでプロキシファイトですね。しかしながら力及ばず、2020年4月23日に開催された株主総会で株主提案は否決され、その後は動きがありません。大山鳴動して鼠一匹、実質的にはSSHの完敗でしょう。
なぜSSHの株主提案は僅かなインパクトしかもたらさなかったのか。杜撰な取引で地面師にしてやられる事件を起こしてしまった以上、積水ハウスのガバナンスがガバガバだったのは言うまでもないでしょう。また、海外の投資家や、株主でもありかつては経営トップだったW氏が、ESGや株主利益の観点から積水ハウスの経営を憂うのも無理はありません。SSHの株主提案には間違いなく大義がありました。
残念だったというかお粗末だったのは、取締役候補者の中にW氏を入れてしまったことです。元々は積水ハウスの代表取締役であったW氏を候補者の中に入れてしまったことで、SSHの株主提案は、2018年1月24日取締役におけるW氏解任劇の第2ラウンド、積水ハウスの内部紛争、W氏の個人的な復讐戦の色を帯びてしまいました。実際にメディアでの扱われ方を見てみても、見つかるのはお家騒動だのクーデターだのといったゴシップ的なものばかりで、そこにはその他多数の株主の姿は見えてきません(一応W氏も株主ですが、一般の個人株主とはちょっと意味合いが違いますよね)。
会社の不正を正そうとして経営トップが解任された事例というと、2011年のオリンパス事件のことが思い出されます。
オリンパス事件(Wikipedia)
オリンパス事件の場合、解任された社長はオリンパス・ヨーロッパのプロパーで、オリンパス本社の不祥事(損失飛ばし)とは直接的には無関係でした。であるから、解任された経営トップ VS 旧来の経営陣という図式が成り立ちやすく、白と黒、正義と悪がはっきり分かれたわけです。
一方で、今回の積水ハウスの事例はどうでしょうか。たしかにW氏は本取引に直接関与していなかったといっても、代表取締役CEOとして在任中に起きた事件であることには変わりありません。さらに、それまで20年以上にわたって積水ハウスの経営を担い、同社の組織文化の形成に良くも悪くも影響を与えてきたわけですから、ガバナンスやコンプライアンスという点では、直接的に、相応の責任があるでしょう。オリンパス事件とは印象がまったく異なります。
もしW氏が表に立たなければ、ガバナンスの是正というSSHの大義、悪の経営陣を追い払うという正義の株主という、分かりやすい図式が綺麗に成立したかもしれません。しかし、ある意味当社のガバナンス不全の原因とも言えるW氏を取締役候補者に入れてしまったせいで、積水ハウスお家騒動第2ラウンド開幕、W氏の逆襲劇の始まりだという、ずいぶん矮小化された姿になってしまいました(もっともこの点は奥様から文句を言われていたようで、ご本人も十分お分かりだったようです)。
SSHのウェブサイトでなされていた主張は、無意味な質問状や根拠のない決めつけ、マスコミ報道のピックアップやアジ文といった、プロキシ・ファイトでよく見かける内容ばかりで面白味に欠けます。しかし、W氏が主体となってこれを発信していたのかなと思うと、非常に味わい深いものがあります。個人的には嫌いではありません。むしろ好物です。
また、そもそもW氏の復讐心、あるいは企業統治に懸ける情熱こそが本事件の発端である気がするので、W氏無しでこの事件を語ることは不可能でしょう。敗軍の将が兵を語りまくっていた様子は、個人的には如何なものかと思いましたが、男には負けると分かっていてもやらなければならない時がありますからね。しょうがないね。
W氏は、2017年から2020年にわたったこの事件がきっかけで、コーポレート・ガバナンスに目覚めたそうです。2024年5月現在では御年83歳というご高齢ですが、いくつになっても学びを得ていく姿勢は見習いたいものですね。願わくば古巣への復讐ではなく、後進の育成に励んでほしいと思います。今度はちゃんとやろうね!